Vol.5
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  最近の話ですが、退職を申し出てきた社員がいたため、本人の都合として退職を考えていた事業所宛てに、本人の親から解雇だ、退職勧奨だと電話がかかってきたとういうケースがありました。よく話しを聞いてみると、本人が体調不良のため、翌日から1ヶ月休みたいとの申出があった際に、シフトを組む前に申し出するように直属の上司(主任)に言われ、また「社会人として間違っている」、「同僚や会社にどれだけ迷惑をかけるか考えなさい」といわれ、「会社に迷惑をかけるので、退職をします」といって退職に至ったという経緯があきらかになってきました。

 この問題の争点は、上司のこの言動をもって解雇や退職勧奨といえるのか?ということですが、結論としては「解雇・退職勧奨にならない」といえるでしょう。そもそも、上司(主任)に人事権があるケースは一般的な会社にはないと思いますが、このケースの場合にも人事権はありませんでした。また、この上司の言動の中には、「辞めろ」とか「クビです」とか退職を促すような言葉は一言もありませんでしたし、そのような意図は有りませんでした。会社としても辞めていただく必要はないという見解でした。よってこのようなケースで、退職勧奨や解雇は本来成立しません。

 しかし実際には、会社として事を大きくするつもりもなく、長引かせるつもりもないということで、最終的には「退職勧奨」という取り扱いにするという結論になりました。このようなケースは稀と思われるかもしれませんが、近年は本人の親がでてきて大騒ぎするケースは当事務所が顧問をする事業所でも年に数回発生します。非常に頭の痛い問題です。このようなトラブルに発展させないためには、「できるだけ社員とコミュニケーションをとる」、「退職時には、どうして退職するのか面談してはっきりさせる」等をしておくことが大切でしょう。 

 ☆退職勧奨とはなにか?

退職勧奨は労働者の自発的な退職意思の形成を促すための行為であり、雇用契約の合意解約の申し入れあるいは誘引のための行為とされていますので、そのこと自体は適法ですし、被勧奨者の人選や、被勧奨者によって退職金の割増しに差をつけることは使用者の裁量の範囲であると考えられています。だからといってすべての退職勧奨が認められるわけでなく、『退職強要』または『公序良俗違反』として違法と判断されることもあります。以下の点について注意が必要でしょう。

 @退職勧奨のための出頭命令をしないこと

 A被勧奨者が明確に退職を拒否している場合に特段の事情もなく勧奨を続けないこと

 B退職勧奨の回数、期間が通常必要な限度を超えないこと

 C被勧奨者の自由な意思決定を妨げるような言動を与えたり、監禁などしないこと

 D被勧奨者が求める立会人を認めること

など「意思決定の自由は被勧奨者にあり、それを阻害してはならない」ということを念頭に対応するべきです。また、女性であるとか労働組合役員であるといった理由で被勧奨者の選定をおこなった場合、動機そのものに違法性が認められますので、当然無効です。

なお、退職勧奨は、勧奨者と被勧奨者とでは受け取り方に温度差が生じるため、後々問題が起きる可能性があります。例えば勧奨者が少し厳しい程度に発した言葉が、勧奨を断った後の労働条件についての脅迫と受け取られることもあり、また錯誤であったとして地位保全の訴えを起こされるなど新たなトラブルを発生させることにも繋がりかねません。できれば、退職勧奨の前に希望退職を募るなどされるべきであると考えます。また、後々のトラブルを防止するためにも、退職勧奨に労働者が応じたときは、退職証明書や離職票の退職事由を労働者と確認し、退職願をきちんと取ってください。

 

 退職勧告が違法であるとして損害賠償を認めた事件として『下関商業高校事件』があります。(以下事件のあらすじ)

市教育委員会Aは、第一審原告の男性教諭Xらに対して、退職勧奨の基準年齢である57歳になったことを理由に、2〜3年にわたり退職を勧めてきたが、Xらは応じなかった。この間、所属校の校長やAが、Xらに退職を勧め、優遇措置などについて話をする程度であった。しかし、その後、AはXらに対して退職を強く勧め始め、3〜4ヵ月の間に、11〜13回にわたりAへの出頭を命じ、20分から長いときは2時間にもおよぶ退職勧奨を行った。その際Aは、退職勧奨を受け入れない限り、Xらが所属する組合の要求に応じないと述べたり、提出物を要求したり、配転をほのめかしたりした。そこでXらは、これら一連の行為は違法であり、精神的苦痛を受けたなどとして、市Y1、同市教育長及び次長Y2らを被告として、Yらに対して、各自50万円の損害賠償の支払いを求めて訴えを起こした。一審二審ともにXらの請求を認めたところ(ただし、Y2らに対する請求は棄却されている。)、Y1が上告したのがこの事件である。

結論:Aの行った退職勧奨は、多数回かつ長期にわたる執拗なものであり、退職の勧めとして許される限界を超えている。この事件の退職勧奨は、従来の取扱いと異なり、年度を超えて行われ、また、Xらが退職するまで続けると述べられており、勧奨が際限なく続くのではないかとの心理的圧迫をXらに加えたものであって許されない。


  就業規則の役割とは

 この数年前から労使間のトラブルが急増しています。特に多く目立つのは事業主と労働者の取り決めがあいまいなために相互の解釈に誤解が生まれ、トラブルに発展していくケースです。会社及び、組織がきちんとした形で運営されていく為には一定のルールが必要になってきます。

 これらを明文化したものが就業規則であり、これを労働者に周知することによって従業員の処遇を公平、公正に行い労使間の信頼を築くことができます。作成した就業規則は、従業員の一人ひとりに配布したり、職場の見やすい場所に掲示、又は備え付けるなどの方法により、従業員に周知させなければなりません。新たに就業規則を作成したり、その内容を変更した場合には、全ての従業員に確実に、速やかに周知されることが必要です。 

 実際に法的、便宜上の表面的な役割はもちろんな訳ですが、より重要な就業規則の役割は事業主の思いを従業員に伝え、理想とする従業員を明確にする役割を担っています。言い換えれば就業規則は社長の思いを従業員に、今後会社をどうしていくのか、その実現の為にどう行動すればよいのか、という将来に向けたビジョンであり、決意の現れでもあります。

 社長の思い、決意は一般的に経営理念、経営方針などで示したりするのが一般的な形だとは思われますが従業員に対し周知の義務がある就業規則の作成、見直しを機に社長の思い、決意を従業員に伝えることが出来ます。就業規則の作成、見直しを図る経緯については次の機会に詳しく述べたいと思います。

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